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福祉業界で働く上でのいくつかの論点

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金曜日の夜は、千葉に出かけて中浜崇之さん、後藤晴紀さん、遠田悟さんの
トークイベントに参加してきました。

【これが私の働き方-介護と障がいの仕事のこれから-】
https://www.facebook.com/events/436093776738175/

「福祉業界あるある」などのネタを交えつつ、それぞれの今までとこれからをお聞きしました。

バーンと答えを提示されるというよりも、聞きながらいくつかの論点が
浮かび上がってくる感覚がおもしろかったです。

・「職場で行われていることは自分がやりたいことと違う」と感じたときに、職場を去るべきか。ねばるべきか。
(遠田さんは去りながらステップアップしたタイプ。後藤さんはねばってステップアップしたタイプ)

・仕事の質と熱いハートは相関するのか
・「全員が熱くなくても良い」とした場合に、何をチームの共通項とすべきか

・利用者とおしゃべりできないからやめる人もいれば、おしゃべりするために
「どうしたら時間をつくれるのか」を考える人もいる。その差はどこからくるのか。

・利用者のニーズが先なのか。援助者の「○○したい(してあげたい)」が先なのか。
(理論的には前者のような気がするが、援助者の「したい」がなければ気持ちの乗ったサービスにならない気もします)
・では、援助者の「○○したい」にかかるコストはどこまで制度で賄うべきなのか。

・利用者がとった予期せぬ行動をばかにするのは望ましくない。
一方、予期せぬ行動を楽しめる感覚も必要。
では、「ばかにする」のと「楽しむ」の。その境はどこにあるのか。

中浜さん、後藤さん、遠田さん、運営のみなさま、
たのしく考えさせられるひとときをありがとうございました。

▼中浜さん、後藤さんが勤める社会福祉法人希桜会のページ
http://www.kioukai.com/

▼遠田さんが勤める株式会社BASGLIA(読みはバザリア)は、新しい会社で
ホームページはありませんが、千葉県内で障害者のグループホームを事業として行っています!
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どうしてミュージックファシリテーターなのか⑥

どうしてミュージックファシリテーションなのか①
どうしてミュージックファシリテーションなのか②
どうしてミュージックファシリテーションなのか③
どうしてミュージックファシリテーションなのか④
どうしてミュージックファシリテーションなのか⑤

音楽療法からはじまり、
ミュージックファシリテーションをみつけて、音楽療法から離脱。
そこから音楽療法に回帰。

けれど、やっぱりわたしは、
ミュージックファシリテーションが気に入っている。


2016年に調べごとをして、
私たちの仕事の背景には音楽療法があることがわかった。

そのあと、ハタと気づいた。

私は、同じくらいの熱量で「ファシリテーション」について語れるのか。
あぁ、わたしはファシリテーションのことを知らない。

語源は何?
どんな風に使われている?
誰が分野を築いてきた?

セラピーとファシリテーションを対比してみてはどうか。

セラピーの語源はセラポン。
元々「2人で何かをする」ような意味を帯びたことば。

2人は、どちらかがクライエントで、どちらかがセラピスト。
患部を特定して治療する。

介護現場における「音楽」も、1対1や少人数グループだったら、
セラピューティックに行うことが適切なケースもあるかもしれない。

しかし、それに対してファシリテーション。

語源は「ファシル」。「何かをし易くする」という意味。

セラピストの介入やプロトコルに重きがあるのではなく、
いかに参加者同士の相互作用をつくるかに重点がおかれている。

リリムジカで多く展開しているような、
6名以上多くて40人規模のグループは、
やはり「ファシリテーション」のあり方が適しているのではないか。

よくないところがあるから音楽を使って介入するのではなくて、
楽しみたいから一緒に音楽する。

加藤忠相さんが言っていてすごく感銘を受けた、
「お年寄りを楽しませるのではない。お年寄りが楽しませる。」
ということばにもしっくりくる。

与える or 与えられる という関係ではない。

「ミュージックファシリテーション」を見つけたあのころは、
「音楽療法から離れれば何かが変わるかもしれない」と期待して飛びついた。

けれど今、思う。

ミュージックファシリテーションは、
音楽療法を母に、ファシリテーションを父にもってうまれた
子どものような存在ではないかと。

音楽療法からは音楽を意図的に使う姿勢を、
ファシリテーションからは自分が供するのではなく場が価値を醸し出すあり方を、
受け継いでいる。

わたしはミュージックファシリテーションに、期待をしている。

未解決の問いはいろいろあるけれど、
今、このように、考えている。

どうしてミュージックファシリテーションなのか⑤

どうしてミュージックファシリテーションなのか①
どうしてミュージックファシリテーションなのか②
どうしてミュージックファシリテーションなのか③
どうしてミュージックファシリテーションなのか④

いくらプログラムがたのしくても、待ち遠しくても、
プログラムのない日が幸せでなかったら、
私は、役割をはたしたと言えるのだろうか。

2015年に事業が一気に拡大してから、自問が止まらなかった。
本当に、お年寄りが暮らす環境を変えるにはどうしたらよいのだろう。


川北さんの講座()に参加して「先人から学ぶ」必要があることを悟った。

私は卒業論文をすっぽかして卒業した。

うしろめたさの裏返しで学者や研究者を毛嫌いしていた。
しかし、学ばざるを得ないと思った。


鈴木真さんがフェイスブックメッセージで
論文の読み方を教えてくださり、
「音楽療法」や「認知症」の論文をよみあさった。

ハポン新宿のオープンスペースにドサッと紙を広げ、
小林香織さんとながめたのは良い思い出だ。


老施協の天野さんの紹介で、東京都健康長寿医療センターの伊東美緒先生に出会った。
初めてお会いするとき、ものすごくドキドキした。

「研究者」の方と真剣にお会いするのが初めてだったからだ。
どんなことを考えているのだろう。

「息子さんたちにどうぞ」と渡したドーナツを喜んでくださって、嬉しかった。
直前に思い立ち、寄り道して買ってよかった。


先人の研究をみたり、
「本当にかわるためにはどうしたらよいのか」を考えるうち、
リリムジカの個人記録の書式もかわった。

Before & After が、目標に達成されたかどうかが、
わかるものになっていた。

(私がいまこれを使いこなせているかは別である)

そして、この「成果」を示さんとするあり方は、
とても「音楽療法的」であった。

「ちがう」と思って離脱した音楽療法の世界に戻ってきたのだ。


私たちはミュージックファシリテーションです。
私たちはミュージックファシリテーションです。

繰り返し説いてきた。
その手前、みなの前で「やっぱり音楽療法です」とは言えなかった。

けど、柴田と電話で話すとき、何度か口に出た。
「これって、音楽療法だよね」

どうしてミュージックファシリテーターなのか⑥
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