自分のリズム

多分、人にはそれぞれ自分のリズムがあると思う。



それは、リズムと言っても単に仕事のスピードとか話す速度とかだけ
じゃなくて、その人のキャラクターとかカラーとかも含めて。

「あの人はいつもゆっくりまったりだよねー」とか

「彼は、色で言うと絶対真っ赤だな」とか。



ただ残念なことに、僕たちは往々にして、自分のリズムの
矯正を余儀なくされる出来事に遭遇する。


例えば、受験とか就活みたいに、タイミングを待たずに
迫ってくるイベント。

他にも、「お前はもっと物事に真面目に取り組みなさい」
とかって注意されるときとか。


上に書いたようなとき、僕たちは自分のリズムを
ある程度強制的に変えることを求められている。



人は社会の中で生きる生き物だから、たしかに
時に応じて自分のリズムを社会に合わせる必要はある。

けど、もし自分以外のリズムへの同調を強制され続け、
自分本来のリズムを見失ってしまったら・・・。

それはすごくつらいことだと思う。



僕たちは臆病だから、つい自分のリズムを
社会のリズムに合わせようとしすぎちゃう。

でも、ときには自分本来のリズムを思い出して、見出して、
そのリズムのまま、時を過ごしてみたいなと思う。



自分のリズムをベースに、社会にある
たくさんのリズムにも、ふれたり身を委ねてみる。

そうして生まれた調べが、自分の人生という
ひとつの組曲になっていくんじゃないだろうか。

叩かれれば叩かれるほど燃える、というスイッチが入る

僕は、元々叩かれれば叩かれるほど燃えるタイプでした。

我が強く、自分にとって意味の理解できないことがあると、
「なんで!?」と、とりあえず反発してみるような子でした。



・・・「でした」というのも、あるときからしばらく、
その傾向がナリを潜めてしまったからです。



原因は多分、あまりにこっぴどく叩かれすぎたこと。

時期は2年くらい前。

そのころ僕は、インターンという場で初めて社会という開かれた世界に出て、
自分よりも圧倒的に出来た人に出会い、自分の圧倒的な出来なさに気づき、
自信を失い、自分なりの考えや価値観を見失っていました。

それまでの自信が、閉ざされた空間でした通用しない
妄信に過ぎないことに気づき、すっかり意気消沈していました。



そして、どんな出来事が起きても、
何も感じられなくなってしまいました。

自分の抱いた感覚に自信が持てず、常に人の感想を
うかがいながら、それに合わせて生きるようになっていました。

食べたものが本当においしいのか。
嬉しいと思っても、それを本当に喜んでよいのか。
悲しいと思っても、それを本当に悲しんでよいのか。

全くわかりませんでした。

そんなわけで、僕の自信は、しばらく消えそうなろうそくのように、
なくなりかけていました。



「本当かよ!?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。

が、面の皮を剥がした中に見える僕の心は、
そんな程度のものでした。

このことは人にもうまく言えず、結構辛かったように思います。




そんな僕ですが、昨日、強気な心を取り戻す
きっかけを与えてもらいました。




僕は昨日、ソーシャルベンチャーサロンという
イベントに行ってきました。

NPOの人なんかを集めて、講演を聞いたり、
情報共有を進めよう、という場です。

僕が参加した目的は、今年始める音楽療法サービスを
広めるための人脈づくりと、情報収集。



そこで、30代くらいでシュタイナー教育に携わる
女性と出会いました。

元々は引っ込み思案だったという彼女ですが、
お話しての印象は、明らかに猪突猛進系。

笑顔がとても朗らかで、楽しい方でした。



彼女とは帰り道が一緒だったので、色んなことを話ました。

僕がこれからやろうとしていること。
それを応援してくれる人もいるが批判する人もいること。
それに対して自分がナーバスになってしまうことも多いということ。

すると彼女は、こう、声をかけてくれました。



「いいじゃん。叩かれれば叩かれるほど、燃えるじゃないのよ!」



それを聞いた瞬間、僕の心の中でにわかに
炎が燃え上がりました。




「そうだ、その精神を忘れていたんじゃないのか」




叩かれても踏まれても、刈り取られても。
それでも力強く伸びてゆく雑草のごとき魂。

そういえば昔、予備校の先生にも
「管は、叩かれて転がされてこそ、伸びるタイプだ」
なんて言われてたっけ。



確かに僕は、音楽の世界も、教育の世界も、
福祉の世界もずぶの素人。

しかし、なんとかやってやろうという志はある。

志ひとつでやり遂げようとすることこそが、
若者の精神であり、ベンチャースピリットではないか。

若者がひとり人生を捧げれば、
業界の一つや二つ、変わるに違いない。

しかもここには、同じ志を持つ仲間もいるではないか。



彼女の言葉は、今よくよく思い出してみると
よく聞かれる言葉のようにも思えます。

しかし、僕の心にはその言葉が深く深く
ささりました。

そして、僕の心の中にある「負けん気」に
今、火が点きました。



アツイ魂を胸に、突っ走るぜ、俺は。