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アビリティーズ・ケアネット株式会社の綱領に出会ってよかった。

エティックの経営相談会で出会った、鹿島雄志さんのメールの中に
「アビリティーズ」という社名があった。

私はそれまでこの会社のことを知らなくて、
これをきっかけにホームページを検索して、とんだ。

http://www.abilities.jp/home/

ページ左側を見ると、最初に「綱領」とある。めずらしいな。
iPhoneの小さな画面をつんとタッチして、読んだ。

その内容があまりに感動的だったので、感じたことを添えながら全文を紹介したい。

アビリティーズの綱領

わたしは平凡な人間でありたくない。

いきなりなんじゃこりゃ!良い意味で。先が気になる。

非凡な人間としてできれば、“保障”よりも“チャンス”を選ぶこと…
これこそわたしの願いである。
わたしは、国家に養われ、卑屈で、怠惰な人生を送ることに満足できない。
わたしは、夢をえがき、計算された冒険の道を求め、建設しつづける。
――たとえ、それが成功しようとも、失敗しようとも。

あぁ、こんなにもハッキリと打ち出せる人間がこの世にいたのか!
これを書いたのはおそらく社長の方だろうか?

わたしは、すばらしい人生の刺激を、
いくばくかの施し物のために放棄することなどしない。
わたしは保障された生き方よりも、つねに挑戦する人生を選ぶ。

障害の有無を問わず、あるいは職業を問わず、社会的な立場を問わず、
保障された生き方の人と挑戦する生き方の人との「顔」の違い!ハリの違い!

誰だったか思い出せないが、とある立派な経営者が語っていた。
小さいころその人の家は母子家庭で貧困だった。生活保護を必要とするくらい。
しかし母親は絶対に申請をしなかった。そして、こう言った。
「うちは生活保護は受け取らない。誇りを持って働き社会の役に立つのよ。」
母親は昼夜を分かたずはたらき、その背中を見た少年はついに経営者となった。

「みんながそうなるわけじゃない」「理想は理想」という人がいる。
そういう人はそれでもいいと思う。
私は、チャレンジと感動に満ちた人生を歩みたい。

それはユートピアのような日々ではなく、スリルに満ちた世界である。
わたしは、決して、恩恵のために自由を、慈善のために尊厳を捨てることはしない。
いかなる権力者の前でも畏怖しないし、また、いかなる恐怖に対しても恐れることはない。

どんな世界でも、ここがスリルに満ちた世界であるかのように、生きたい。
同時に、ユートピアにいるかのように、生きたい。私は、緊張感と幸福感、両方を得たい。

敬愛する一橋大学剣道部の先輩であり経営者の方が、
独立自尊の生き方についてこう語っている。

おい管、自立して生きるということは不安と恍惚、両方味わうことだ。
できるかできないかわからない。だから不安になる。
しかし不安があるからこそ、成功したときの恍惚があるんだ。

姿勢を正し、誇らかに、なにごとも恐れず、自らの意志で決断し、行動する。
自分で創造していくことを大切に考え、世間に向かってこう宣言したい。
――これがわたしの成し遂げたことだ――と。

われら数百万の障害者のために、あなたとわたしのために、
この綱領は名誉ある日本人としての道を示すものである。
(一九六六年四月十七日)

1966年か。
プロフィールによると、アビリティーズ創始者の伊東 弘泰さんが生まれたのは1942年。
つまり、24歳のときにこの綱領をつくったことになる。
私は今23歳だから、ほとんどかわらない。
 
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リリムジカ代表柴田萌と出会ったときのこと

COP経営相談会というコミュニティがある。

先日そのメーリングリストに近況報告のメールをしたとき
流れで柴田と出会ったときのことを思い出した。

我ながら「そういえばそうだったなぁ」と思ったので
メーリングリストに送ったメールをこちらにも掲載する。

Wed, 25 Nov 2009 10:46:12
個別プロジェクト経営相談会のみなさま

リリムジカの管 偉辰です。今回のML投稿を機に
2年前の経営相談会後のメールやり取りを
みなおしました。気づいた内容を記しておきます。

榎本 尉孝さんのコメント Sat, 22 Dec 2007

> そこで、管さんがフラットな視点で事業のバランスを取ることが重要になります。
> と言っても、それは難しく考えず、シンプルに自分の感覚に従うことのが良いと思います。

●当時の管の応答 Wed, 26 Dec 2007

ほんとうにそうですね。

僕が彼女の力になれる一番のところは
そこなのかな、と思っています。

業界のことを勉強しつつも、客観的な視点を
失わないようにしなければ、ですね。

(正直すでに、業界の人間としての思い込みや先入観に
 とらわれている部分もあるのでは、と思いってます・・・汗)

●現在の管の応答

私がリリムジカ代表柴田と出会ったのは2007年8月30日。
伊藤順平さんが杉浦元さんを招いて実施したビジネスプラン策定講座でした。
第一印象は、ちょっと静かなお姉さんがいるな、、
音楽療法?なんだろう、、??

講座終了後、杉浦さんに声をかけようとしたら先を越された。
私は講演や講座で終了後いち早く講師をつかまえるのが主義だ。
ただものではない、、杉浦さんとのやり取りを横で聞いた。
「音楽療法はすばらしいのに広まってないんです!」
まっすぐな、目だ。よし、話を聞いてみよう。
22時の講座終了後、渋谷ビックカメラ横のマクドナルドで
最初の会議となりました。

柴田の第一印象は兎に角ものしずかだった。
「暗い」の一歩手前くらい行ってた。

笑顔の素敵な女性になったと思う。

昨日「最近バスを待っているとおばあちゃんからよく話しかけられるんだ」
と言っていた。人は変わるなぁと思う。
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