新しい音楽療法提供先~長後高専賃イベント~高齢者住宅フェア

6月から新しくセッション実施の事業者様
1件ふえました。

4月にお試しセッション。

その後事業者の方協力にて、
報告資料と写真送付、電話での個別ご案内。

6名参加希望の方が集まりました。
月に2回、淺田真由美が訪問予定です。


また、今週末には藤沢市長後の高専賃開設イベント。
同じく淺田が音楽療法講座を設けます。

近くの方、よかったらお立ち寄りください。
無料です。


さらに、6月1日と2日は高齢者住宅フェア

ブース出展の予定です。

49の講座も無料聴講可能! 

ブースにてお待ちしております。

 視点は違う。行動をそろえる。(リスクコミュニケーション復習2回め)

「リスクコミュニケーション」をテーマにした
サックル勉強会、復習2回め。

当日書いたメモを読み返しながら応答します。

扱っているリスクが異なることをおさえておく

医療 ゼロリスクを目指す くずりまちがうだめ
生活上のリスクはゼロを目指さない

楽天の三木谷社長のインタビュー
「起業はリスクですか?」
「いえ、私にとって最大のリスクは後悔です」

私もこの立場である。
リスクと安全のジレンマを止揚し続ける。
ジレンマとも思わないくらい軽やかに。

宮口先生のチャレンジ&リスクコミュニケーションも
同じ方向性と思っています。

昭和30年代の映像
目が不自由なおばあちゃん プロパン爆発でやけど
なぜやけど?
インスタントラーメン おら腹減っただ
家族は娘とふたり
娘働いている
何でこんなことしたのあぶないじゃないという娘

30年以上前も構造は同じ

自分と他の人の視点はちがう。
しかし、相手の視点、立場がのりうつってくる。
この感覚はある。

この人の、この立場だったら当然だよな~
いつのころからかわからないが、
瞬間的に怒っても根に持つことがなくなった。

裏をかえすと、根に持つとは
相手の行動の真意がわからない状況ではないか。
そして、これはこれで頻出することである。
そう考えると、まぁ、よくあることか。
という理解も可能になる。

◯◯できる という情報は伝わりやすい
それ以外の情報伝えそこねがち

・トイレに行くことがどれくらい危険か(いけるまでの経緯が抜けて一人でいける都いう情報だけのこる)あたかも消えてしまったかのようなリスク
・転倒を防ぐためにこれまでどのような対策を行ったのか
・本人のリスク認識と他者のリスク認識の違い

抽象的な文字情報に限界がある。
インターネットショップを運営していた時代、
「おいしいラーメンはやめろ」と何度も云われた。

おいしいラーメンは誰でもいえる。
そして、おいしさが伝わらない。
「15種類の有機野菜を1日煮込んで、、」とか

これをやるには情報を細かくよみとる観察力。
観察力をオンにするには余裕が必要。

評価基準 能力評価 リスク評価
非常に危険と思う人と、やや危険と思う人
どこをみて違いが出るのか
正解はない 対応行動をすりあわせる

この考えも興味深かった。
人が違うのだから、視点が違って当然。
宮口先生の方法では、ある事象について
複数人で3点、とか4点とか数字化する。
数字化と見ると、つけた点数の違いをあわせたくなるが、
それは求められてはいない。

違いがどこから生まれているのかに着目する。
結果としての行動をすり合わせる。

正しい情報を伝えても正しく反応しない場合がある
リスクを頭で理解しても行動が伴わない
タバコとか

言っても無駄、という境地がある。
言わずに共感、雰囲気で動かす。→音楽療法。

・努力が必要
・リスクを不当に軽く見積もる
リスク回避行動をとらなくなる

脳が不安定状況を嫌うのが根本原因
心配ばっかしてられない

不安定な状況を安定して運転する。
私はこの生き方で進む。

伝達表現の違いによるリスクの捉え方
3倍と300パーセントでリスクの捉え方
ベクレルとミリベクレル

フレーミング効果
600人の感染症
施策Aは200人助かる
施策Bは三分の一たすかり、三分の二死ぬ

Aに人気集まる
同じこと言ってるのにわかれる

相手に伝えたい!というときも同じ。
よほどでない限りマイナス面には触れない。
プラス面だけ、伸ばす。
自然とマイナス面が気にならなくなる。

「ほとんどないでしょう」の評価
医師は2パーセント
患者は10パーセント

専門家と一般人危ないの感じ方が違う

Bannet 一般と専門家でリスク認知に差異
非自発的な場合、身近な人がさらされる

客観的なリスク 専門家の視点 できるADL
主観的なリスク 生活者の視点 しているADL

能力の評価は多くなされる
生活上のリスクの評価はなかなかない

包丁使える?手を切る
火を使う?やけどする

リスク優先すると専門家ができると判断してもやらないという行動になる

家族「できるんだけどやめておこうかな~」

IQだけではその人が有用であるかどうか計れないのと
同じことである。
能力評価はSPIやTOEIC、等他分野詳細に広まる。
資格、点数は最低限。
実用での応用性、実践力を徹底的に磨く。

リスクコミュニケーション戦略3つ

1教育 わからないものは怖い

目に見えない原因 注意力 記憶 イメージ能力なぢ

目に見える結果 動作
50ページ


2意思決定への参加


3信頼性
リスクとベネフィット
信頼性は何によって決まるのか

知識×誠実
従来はこの二つでと考えられた
=伝統的信頼モデル

しかし、これだけで足りる?
ダム建設、二人の専門家が二人とも誠実、プロだとしても、、。。

主要価値類似性モデル

リスクコミュニケーションの五つの要点
1意思決定への参加
2他者の視点への気づき 家族の視点など
3自ら予測したリスクと実際の結果のギャップからの驚きと自己修正
4信頼性の向上
5チーム医療での意見交換の活発化

人それぞれ視点がちがう。
みんなちがって、みんないい。

目指したい方向性を共有し、
それに向かって各々が自然体で行動できる
雰囲気を整える。

私なりのリスクコミュニケーションまとめです。

介護士の使命とは←介護ラボしゅうに参加して

木曜日、中浜崇之さんが主催する「介護ラボしゅう」
一周年記念会に参加してきました。

今回のテーマは「介護士の使命とは」。

思いついたアイデアをふせんに記す。
貼って、ほかのメンバーと共有。

カッコイイ、と思った姿勢を思い出して、
書いてみました。


最期のときには家族を立てる。

施設において、長く一緒にいるのは介護士。
けれども看取りを一緒にするときに、主役は家族。
私たちは出過ぎないのだ。
グループホーム ホーム長さんのことば。

ギターを弾く相手を募る。

ちょうどその日、特養の相談員さんと話していました。
プロのギター奏者だった方、片麻痺。
弦をおさえて一緒に演奏してくれる人を募っている。
一週間に1回でもそういう機会があれば、
すごく生活が豊かになると思う。
「彼のケアプランに『定期的にギターを弾く』と書けたら。」
一人ひとりの過去、今に寄り添う提案がいいなと思いました。

すね毛を見せる余裕。

中浜さんに会えるなぁと思って
“しゅう”に行く途中、ブログを読んでいました。

中浜さんは最近、出勤して最初に
ご利用者さんにすね毛を見せるのだとか。

なぜ?答えはブログで!
 最近の日課(崇之's APARTMENT)

気持ちに「余裕」があるからできること。
いいな!と思いました。


当日の全体雰囲気は中浜さんがブログにアップしています。
 

次回は6月16日。

また、参加する予定です。


第13回介護ラボしゅう
日時 6月16日(木)
    19:30~21:00
場所 上北沢区民センター(会議室)
内容 「第12回の内容を掘り下げていこう!」
    この題をもとにディスカッションを行ないます。

リスクコミュニケーション 宮口英樹先生との対話

前回のブログに宮口先生がコメントをくださりました。

コメントタイトル:リスクって奥が深い

広島大学の宮口です。
管さんのコメントと感想に思わず、投稿させていただきました。

リスクって奥が深いと思います。生命の安全、経済的なリスクの軽減、対人関係の構築、対象とする視点は違いますが、いずれもリスクを伴います。共通点は、いずれも意志決定を伴うこと。成人になればもちろん主体は、個々人です。

未来は不確実。予想には幅があるのが自然。
「世界陸上での日本の金メダルの数は5個から10個だろう」
「もしかしたら0個かもしれない」
「5年後にガンになる確率が10%から30%」

しかしながら人間は本能的に皮算用をする生き物。
頑張れば金メダルが20個取れそうな気がしたり、
まさかガンにならないだろうと思ったり。

コストとの兼ね合いで迅速な判断ができず、
そうこうしているうちに危機になってしまうこともある。

リスクの算定、評価に客観的な視点が必要。

病気や障害をもってしまったら、個々人の意志決定が適切に行われないかもしれない。家族でも、病気の予後などが詳しく分からないから、このフレームワークは同じです。

この場合、リスクを伴う意志決定の結果に対して、どの程度、本人に責任を問うかということです。病気のため、適切は判断ができないなら、責任は問えないということになるでしょうか?

「自分で決める」ことが妥当であるかどうかを判断するには
二つの評価軸が必要と考えます。

本人の判断能力。(その判断が社会的に許容されるものか)
事象そのものの特性。(人に迷惑をかけるかどうか、生命に重大な危機を及ぼすかどうか)

たとえば特段障害の無い青年が、朝食をパンにするかご飯にするか。
能力的にはもちろん判断可能。人に迷惑をかけることもないし、
どっちにしても生命への危機はない。
よって、パンでもご飯でもいい。

では、覚せい剤の使用はどうか。判断能力があろうがなかろうが、
覚せい剤の使用は中毒症状によって生命に危機をおよぼす。
少なくともおよぼす、とされている。
よって、覚せい剤の使用について自己判断はゆるされない。

前回、親知らずを抜くかどうかで迷ったことがありました。
これは、最終的には「私に基礎的な判断能力があり」
「親知らずを抜くことで誰に迷惑をかけるでもなく、私の命が危機にさらされることはない」
ということでお医者さんは私に判断を委ねたのだと思います。

でも、専門家に「抜いてもいたみがとれるかはわかりませんよ。」
というブレーキをかけられるのはなかなかくるしいものがあります。

難しい問題ですが、ここにリスクコミュニケーションとしての社会的合意という考え方があります。

専門家の意見をよく聞き、問題に対処していたにも関わらず、事故が起こってしまった。一方、家族が自ら苦慮して、問題に対処を試みたが結果的に事故が起こってしまった。
前者は、社会的合意のもとに起こった事故で、後者は、それがなかった場合と見なされる場合が多いと思います。

社会的合意。
これをとっていこうとすることで最終的なコストが下げられる可能性が考えられますね。

同時に、社会的意向と自分の意向が異なる方向性にあるとき、これは結構しんどい。
先の親知らずで言えば、歯医者さんは「抜くのをやや反対する雰囲気」でした。
最後、抜きますか?今日はやめておきますか?
抜きます。
(えっ)という表情のあとに、「わかりました。やりましょう」

(間違ったかしら、、)親知らずを抜いて重体になることはないと
わかっていても不安にはなります。


一方、社会的意向と異なるからこそ成功する場合も。
人間が空を飛べるわけがない。飛ぼうとお思わない。
その反応を乗り越えて、飛行機をつくる。

私は、リスクコミュニケーションによって、誰か一番問題のある誰かが責任を負うような、そんな考え方が変わると思っています。そうなると責任逃れが難しくなるから、なかなか広まらないのかもしれませんが。

専門家は、リスク判断の難しい局面に、アドバイスだけではなく、理解できる言葉で、一緒に考えること(これを共考といっています)が必要だというのです。
信頼されていない人とはそんなことできませんから、そう言う意味でリスクコミュニケーションが信頼性の上に成り立っているということです。

今、介護旅行の会社が出てきています。(過去のブログ
車椅子の方と一緒に真冬の稚内に行くこともある。

先の飛行機の例とあわせると、プロの定義のひとつに、
「リスクを高めずに自由を拡張する」という要素が浮かび上がります。

リスクコミュニケーション勉強会復習 その1

先週土曜日、中浦俊一郎さんが主催する勉強会
「サックル」に参加してきました。

今回のテーマはリスクコミュニケーション。
作業療法士で広島大学教授の宮口英樹さんが講師です。

iPadでメモをとりながら参加しました。
メモと対話しながら復習します。

☆が宮口さんのお話、それ以外は管の感想です。



☆まず、リスクコミュニケーションで扱う情報と、
「ハンバーガー屋がうまい」という情報は伝わり方が異なる。
そこをおさえておかないと「何回も言ったのに!」
という結末になる。


あの人が美人だ。誰それが成功した。失敗した。
放っておいても伝わる。味屋の旨さ便利さも、、。
しかし、「地震が来るぞ!」「原発には危険性があるぞ」
事が起きるまでは本気にする人が少ない。

先日津波のテレビがやっていた。
「津波が自分の地域まで到達するとは」
普段避難訓練している東北沿岸の人でさえ思っていたという。
多数の人が流された。

ある情報を得たときにそこからどのような想像力を働かせるか。
人によってまちまち。生きる力の差はそこにあらわれる。
リスクコミュニケーションのプロとは、
より多くの人を良い方向に導ける人物であろう。


☆信頼性のある情報
信頼してないと、人は情報を受け入れない。
信頼性を構築する過程がリスクコミュニケーション。

玄人と素人の違いは、信頼があるかないか。
一回突飛な情報を信じてもらうために、百回、千回、
細かいことを積み上げる。私の信条です。


☆安全性を高めるためには、制限が増える。
逆に、制限を減らすと安全性も減る。
どこでバランスを取るか。
そのリスクに関わる意思決定の主体は
リスクにさらされる当事者本人であるべきだ。

☆医療的なリスクと生活上のリスク
医療リスクは完全に専門家に任される。
しかし、生活上のリスクは自分でも判断できると思いがち

2週間ほど前、急に奥歯が痛くなった。
親知らずである。
激痛ではないが、違和感耐え難い。
知り合いに遅くまであいている歯医者を紹介してもらった。
「親知らずが押しているようで、不快です、、。
抜いてもらえませんか?」

「抜くのはかまいませんが、管さんの痛みは
親知らずが原因ではないかもしれませんよ。
それでも抜くというのなら、抜きますが。」

弱った。歯医者に行けば解決すると思ったのに、
決断をゆだねられてしまった。
レントゲンは??不調で動かないという。
しょうがない。
せっかく来たから抜こう。
結果は?一晩違和感。翌日からはすっかり痛みが引いた。

自分で何でも決められると思っていた。
しかし、そうではなかった。
歯を抜くかどうかも即決しなかった。
対応してもらえると思っただけに。


☆機会拡大 リスク拡大
機会減少 安全偏重←私(宮口先生)の哲学が納得しない

作業療法士の宮口先生がなぜリスクコミュニケーションの
研究をはじめたか?作業療法をチャレンジと捉えた時期があるという。
できなかったことに挑む。
がんばっていると、あることに気がつく。
チャレンジにはリスクが伴うではないか!
そこで、生活上のリスクについて調べてみた。
リスク。原発、ダム建設。こういった観点での
リスクコミュニケーションは発達していた。
一方、生活上のリスクに関するコミュニケーションの
文献、研究はほとんどない。
よし、これをやろう。宮口先生の研究がはじまった。

(続く)