ソーシャルメディアとの付き合い方

こんにちは、管です。

ツイッター、フェイスブック、、。

ソーシャルメディアが隆盛です。

仲間が以下の記事を紹介してくださりました。

「医師は患者からの「友達リクエスト」の承認は控えるべき」

※全文を読むには日経メディカルオンラインの登録が必要です。


記事では、医師と医学生がソーシャルメディアを使うときのアドバイスが書かれています。

私なりの応答を加えます。

●ソーシャルメディアは個人の公的な面と私的な面の境界を曖昧にする

私もツイッター、フェイスブック利用しています。

ときどき、「こんなこと書いて大丈夫かしら?」と思うような
投稿も目にします。

他山の石として、、

「内容に照会があっても、意図を回答できる」ことだけ
投稿するようにしています。

●医師と医学生はプライバシー設定を保守的にすべきだが、それでもすべての情報が保護されるわけではない

リリムジカのMLをやり始めたころだと思います。

自分が出した情報にはすべて責任をもつ。と覚悟しました。

情報を保護するのは自分しかいない。

●医師と医学生は、ウェブ上でも、患者の秘密を漏らしてはならないという倫理的、法的義務を負っている

人を、出来事を紹介するにはその情報を出さざるを得ない。

この情報を出すべきか、出さざるべきか。

見極めがむずかしいところです。

おもしろいエピソードほど!

私的で出すことがはばかられます。

かといって「この情報書いていいですか?」と
確認しすぎると瞬間の感動が薄れる。

按配が肝心。


以前、無断で情報を出し、応答いただいたことがあります。

そのとき、厚生労働省が個人情報取り扱いのガイドライン
出していることをしりました。


どの内容も納得できるものでした。
以来情報を出すときはこれを念頭においています。

●特定の患者または同僚に関する個人的な、または名誉を傷つけるコメントをフォーラムなどで公開してはならない

この難しさは、、

どこからが個人的なのか、
どこからが名誉を傷つけるのか、

が人によって異なることです。


私自身に、繊細な面と、簡単に流せる面があります。

雨降って地固まる。

クレームをもらってからが本当の付き合い。

真正面で勉強するしかない、と思っています。

●医師や医学生はウェブ上でも利益相反開示の義務を負う

本文の主旨は、たとえば薬を推薦するコメントをするときに
自分の立場を明らかにしておく、ということでした。

どのタイミングで立場を明らかにするか、
という点がポイントです。


なんでも書く前に「リリムジカの人として書きますが」とか
「元商学部の学生として書きますが」とかつける。

文章の味が無くなってしまいます。


いつも自分の考え、立場を表明する。

「あぁ、管さんならこう考えるわね、しかたないわね。」

となるように、MLやブログをしています。

●医師と医学生は、Facebookなどにおいて現在の患者または過去の患者から「友達リクエスト」がきても、承認は控えるべき

患者から申請が来ても、できれば避けましょう。

という主旨の文でした。

私は、一度お話したことがあれば
友達リクエストを受ける、申請もする、という立場です。

人と人が良い関係を築くには、
いろんな角度から相手を知ることが必要と思っているからです。

どんな食べ物が好き?
出身はどこ?
将来どうなりたい?

互いに“ホッ”とすることが大事。


フェイスブックで相手が喜びの書き込みをした。。
おめでとう!と一緒に喜ぶ。

もし、過度にプライベートなことを発信していた。
そっとしておく。

この辺の按配も、実践の中で勉強と思っています。

●ウェブの中で自分がどのような印象を相手に与えるかを意識し、それが自分の立場に与える影響を推定しなければならない

自分なりのルールづくりが肝要です。

フェイスブックをさわるようになって、
ML投稿しにくくなりました。

瞬間の情報は、どうしてもフェイスブックが早い。
「これからどこそこに行きます」、とか。

ML投稿できなくなると、
次投稿するのがなんとなく億劫になります。

MLをやめてフェイスブックに移行しようか、
とアイデアしたこともあります。


しかし、MLにはMLの良さがあります。

長文が書きやすい。

それから読む人のことを思い浮かべられる。


やりながらそれに気がついて、役割分担になりました。



現実の自分も、ウェブにのせた自分も、結局自分。


理ではなく気で書く。

見られる、聴かれることを覚悟する。

何かが起きたら、反省する。


三点を軸にやっています。

“音”そのものが持つ効果

音楽療法の核は、音楽療法士と参加者の人間関係にある。

今までそう考えていました。

一緒に時間を楽しむにはまず人間関係。
親近感、信頼感があれば共に良い時間がすごせる。


一方、私があまり目を向けてこなかった領域があります。

それは、音そのものが持つ効果。


蝉の音聴くとなんだか暑くなる。

とか

ふるさとを聴くと故郷を想う。

とか。



一昨日、ピック病のお父様を介護されている方に
お話を伺いました。

 浅井郁子さん(twitter)

承諾をいただき、エピソードご紹介します。


(以下浅井さんとのお話)


管さん、音楽療法の会社をやっているんですね。

私、音楽の力はすごく信じられる。

お父さん、病院から帰ってきて、
最初、私は「敵」だった。

部屋の中を歩き回って、
棚から食器や本を次々と出して、
一時もじっとしない。

昼夜が逆転している。
なにをするかわからないから
24時間目が離せない。

やめて~と思った。行動を止めた。
父からすると私は「敵」だった。

睡眠が満足にとれない。
5ヶ月間、本当にしんどかった。
週3回デイサービスに行っている昼の時間だけが私の休息。

お父さんは何が不満なんだろう?
考えた。
元気な頃のお父さん・・・。

自分のことを「パパ」と呼んでいたのを思い出したの。

「パパ」って呼んでみた。

そしたら、私を見てニコッて笑って頷いた!

それまでは目も合わせてくれなかったのに!

「パパ、パパ」って呼ぶと喜ぶ。

この瞬間から、私はお父さんの敵から味方になった。

この日以降、介護が楽しくなった!


お父さんと一緒にテレビの歌番組を見る。

うぅ、と涙を流す歌手とそうでない歌手がいるの。

私が本気で歌って踊ると喜んでくれる。

でも、中途半端だと、そっぽを向く。

厳しいの。

何が本物かわかっているんだと思う。

(お話ここまで)



ハッとしました。

今まで、音そのものの効果を軽視していた。

グループホームやデイサービス。

ときどき「パパちゃん」とか「かぁちゃん」とか
ご利用者に声をかけるのを聴きます。

なんとなくそう呼んでいるのかな、
と思っていました。

実際は、なんとなくではない。

経験的に、ご本人が安心する、喜ぶ呼び方を
しているのでしょう。


先日たずねた特養では、食事のときに
クラシックがかかっていました。

「クラシックをかけると食が進むのよ。演歌じゃだめなの」

職員の方がおっしゃっていました。

音楽療法におけるハーモニカ演奏が自己表現の機会となる(論文より)

こんにちは、管です。
先日栃木県の社会福祉法人さんに声をかけていただきました。

「新聞でリリムジカを知りました。音楽療法に関心がある。」

これは嬉しい!

そう思って今週火曜日、柴田と訪ねてきました。
そこで理事長から以下のお話をいただきました。

「せっかく音楽療法をやるのだから、効果を目に見えるかたちにしたい。」


介護事業所が増えていく環境下、
自社デイサービスの特長を明確にしたい。

音楽療法を取り入れるとするならば、単に実施するだけでなく、
その成果をわかりやすく家族に伝えたい。

という主旨だと解釈しています。


今まで私たちは次のように考えていました。

音楽療法の目的は人それぞれ。

たくさん歌った方が楽しい人もいれば、
聴いている方が楽しい人もいる。

どんどん歌いたい人もいれば、歌わないけど話がしたい人もいる。

だから、コレと決めてデータをとっていくのは
そぐわないことではないだろうか。


しかし、今回理事長の話を聞いて、自分なりに考えなおしました。

何か目標をたてる。それについて丁寧に取り組み、
結果をふりかえっていく。

この取り組み自体は必要。

数値やデータを参加者本人やご家族の幸福、
職員や音楽療法士の達成感につながるよう運用する。

そうすれば、これは私たちが目指す
「一人ひとりの想いにそった心地よい音楽の時間をつくる」
という方向性に反しない、と考えました。


それで、他のセラピストはどのように内容を深めているのだろう。

久々~に、、

「高齢者 音楽療法 論文」で検索してみました。


そうしたら特養での取り組みが出てきました。


『なじみの音楽』が認知症高齢者に及ぼす改善効果(坂下正幸)
 

非常勤の音楽療法士として特養でセッションを行う坂下氏。

音楽療法の実施において、対象者の生活歴を知ったうえで
対象者の視点に立って音楽療法を展開するべきと考えます。


坂下氏は男性利用者A氏が長年ハーモニカをたしなんでいたことに着目。
セッションに彼のハーモニカ演奏を取り入れ経過をみました。

初期のころはハーモニカ演奏が心理的な負担になることもあった。

しかし回数を重ねることでA氏はアレンジをして演奏したり、
「ハーモニカの神様」を自称したりするようになった。

坂下氏はこのことを「クライエントとセラピストの相互作用の中で
自己肯定感を高め、A氏にとって<サポートする環境>を提供することが
社会性の維持につながり、終結的には自己実現のプロセスを踏んだ
のではないかと考えられる。」と結んでいます。


一人の人物に着目して、丁寧にレポートしている点が、
誠実でいい研究だな、と感じました。


リリムジカのセッションでも、
日ごろから参加者一人ひとりについて施設職員様と
記録をとっています。

継続してセッションを行った結果どのような変化や成果が起きているか、
あらためてふりかえってみたいと考えています。

パートナーセラピスト 鈴木美香子さんのWEBインタビュー

こんばんは、管です。雨でいくらか涼しくなりました。

自宅の仕事場も、久々に窓をあけています。
すぐそばにある森から、心地よい風が入ってきます。

さて、学生時代からの友人に入谷聡さんという人がいます。

WEBの専門家で、私的なプロジェクトとして
「場をホストする人」の生き方を探るメディアを運営しています。

THE PORTRAIT OF HOSTING
「場をホストする人」の生き方、在り方を探るメディア


その入谷さんが先日、リリムジカ パートナーセラピストの
鈴木美香子さんにインタビューをしてくれました。

鈴木さんは武蔵野音楽大学でピアノを専攻。
卒業後、国立音楽院で音楽療法を学びました。

昨年12月からリリムジカで一緒にセッションを実施しています。
今月からは葬儀で演奏するセレモニープレイヤーとしてもデビュー。

音楽を、「音楽療法」という視点からだけでなく、
人間ぜんぶでとらえようとする姿勢がいいなと思っています。

インタビュー、どうぞご覧ください。

鈴木美香子(上)「その人が『できること』に目を向けていきたい」
鈴木美香子(下)救い、或いは自己表現の手段としての音楽

臨床美術×音楽療法 コラボ学集会 レポート(その3)

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臨床美術×音楽療法のレポート3つめです。


山神さんの解説の後、
「音楽を絵にする」ワークに取り組みました。

会場後方。
柴田さんが持ってきた楽器が並んでいます。

最初に柴田さんから趣旨の説明。


「今日は即興で音楽をつくります。
 その後、その音楽のイメージを絵にします。

 “即興”と聞くと、え~?!と思う方がいるかもしれません。
 音感がなきゃいけない?リズム感がなきゃいけない?

 大丈夫。

 この即興音楽は臨床美術と一緒でうまいもへたもありません。

 まずはここにある楽器からどんな音が出てくるか。
 自由にさわってみましょう。」


めいめい手に取り、さわってみる。

ハンドベルの用に使うトーンチャイム。
紐のついた小さな小さなシンバル。
小さな鉄琴グロッケン。
振ると竹がカラカラ鳴る楽器。
木の棒に細い金棒がたくさんついたツリーチャイム。
雨の音がする棒。

などなど。

「では、はじめましょうか。」と柴田さん。

3人、トーンチャイムを持った参加者がいました。

彼らから鳴らしはじめるとのこと。
合図は無し。

当日来てくださった田中鉄也さんのお子さんが、
トーンチャイムをもった3人のうちの1人でした。

ターン、ターン。ふり始めています。
(あ、もう始まってる)
あとの2人が達也さんに続きます。

他の参加者は確認の目線。
(もう、鳴らしていいんだよね?)

恐る恐る、、。
すでに柴田さんのキーボードがバックで流れています。


私も楽器にふれました。

小さなシンバルをチーン、チーン。
竹を振る。

ツリーチャイムを達也さんの肩に沿わせてならす。

「通常の使い方」を考慮せず思ったようにやりました。


まわりの音は自ずと耳に入ってきます。
でも、だれかれを気にするともなく楽器にふれました。

自分と、音の世界に入りました。
ビデオをみましたが、みなさんあらかたそんな感じに見えました。


何がきっかけだったか。
音が盛り上がり始めました。

雨の棒がザーッ!
グロッケンをガシャガシャ。

激しくならします。

音が膨らんで、膨らんで、爆発!


ピークを迎えた後は、しぼんでいきました。

誰も何も言わず。

最後には、シーン、、。


「では、これを描いてみましょうか」

えっ?!


(続く)