障がい者の存在理由

私は20歳のとき、初めて障がい者と関わった。レクリエーション会の
ボランティアだった。その障がい者は、言葉の全くない、洗剤のカネヨンに
こだわりを持つ30代の自閉症の男性だった。レクリエーション会の途中、
彼は女子トイレに執拗なこだわりを見せ、男3人で引っ張り戻した。

私はそのとき、人間という生き物が持つ“幅”の広さに驚いた。姿形は自分と
大差ない人間の形をした生き物が、自分には全く理解のできない行動をとっていた。
それでも、この人は人間なのだ。

あとで先輩ボランティアの方に聞いたところ、彼はトイレの中にあるカネヨンが
気になっていたのだそうだ。

私はかねてより、自分が台湾人二世であることが、自分の生き方を制限している
ように感じていた。しかし、この経験以来その考えはなくなった。世の中にはこれだけ
たくさんの人間がいる。その中で、出自や国籍や言葉は全然たいした問題ではない。


私の人生にとって、彼との出会いはとても意味のあるものだった。
しかし、それ以来ある疑問が私の頭にこびりついてもいる。

なぜ、障がい者は生まれてくるのだろうか?言葉が話せない、
目線も合わない、話も聞いているのか聞いていないのかわからない、
そんな人間たちが存在する理由とは何なのだろうか?

「彼らはただ存在している。そこに理由などない。無条件で受け入れるべきだ」
そんな捉え方は、私には受け入れられなかった。かと言って、私に人生の教訓を
授けるためだけに、彼らが存在しているとも思えなかった。


彼らの存在は、既存の経済の枠組みではコストとして捉えられる。
なぜならば、“健常の人”がつくる世界の中で、彼らは生産をしない
存在だとみなされるからだ。彼らは、税金によって施しを受ける者
ではあっても、人より多く税金を支払う者ではない。

私は、彼らとの関わりの中から、彼らがなぜ世界に存在するのかを考えた。
今の経済の枠組みの中でも彼らの存在が認められる考え方を見出そうとした。
しかし、答えは見つからなかった。


昨日、20年以上発達心理や障がい児教育に携わってきた先生とお話をした。
彼女は教育者でもあり、カウンセラーでもあり、音楽療法士でもあり、
シュタイナー教育の担い手でもあった。会話中、私が何を考えているかを
丁寧に感じ取ろうとする一方、自分の意見は率直に語る方だった。

私は先生に心を許した。そこで、ずっと感じていた疑問を打ち明けた。
「障がい者は、なぜ私たちの前にあらわれるのでしょうか?」と。

先生は、自分の考えを話してくださった。

曰く、

彼らは私たちに、生きることを教えようとしているのではないか。

スピードや結果が最優先される今の世の中。そこにおいて、私たちの感覚は
埋没してしまうことが多い。自分が自分の目でみたもの、耳で聞こえたもの、
手でふれたもの、鼻でかいだもの、口で味わったもの、その一つ一つを真摯に
ふりかえることなど、ほとんどどない。めまぐるしく変化する環境に置いていかれ
ないよう焦っているうちに、感覚が退化してしまっている。自分が本来気づいて
しかるべき自分の感覚にふたをする。だから、時間がたつにつれ、いろいろな
問題が起こってくる。

一方、知的障害のある人の中には、とんでもなく感覚の鋭い人がいる。
聞こえた音が気になってしかたがない。耳をふさぐ。目に見えない何かを
追って、くるくる回る。彼らは自分の感覚を無視しない。世界に対して、
“正直な”、“誠実な”反応をする。

これこそが、“健常”と呼ばれる人たちが失っている生き方だ。だから、障がい者と
関わっていると、世界の新たな見え方を発見する。障がい者から学べることは多い。

最後に、やや冗談めかして、「だから今、障がい者が増えていると
言われるんじゃない?」と加えた。

私は自分の感覚の退化について思い当たる節があった。目に見える景色を、
食べ物の味を、聞こえた音を、においを、手ざわりを、私は果たして真摯に
感じ取ろうとしているか。何かを感じても「場の空気」を読もうとして、
その感覚を無視したことはなかったか。

今まで自分が会ってきた人の中で、地に足がついている、自分の言葉で語れている、
と感じた人は、みな、自分の感覚に正直だった。それに比べると、私は自分の感覚に
ふたをすることが多いと思う。最近していたインタビューでも、思い返してみれば
相手の話を引き出そうとするあまり、話に同意したような空気をつくったことがあった。
そういうときは、大抵帰ってから後悔した。なぜもっと掘って聞かなかったのだろうと。

だから、世界と自分との間で起きた反応に忠実な人々に学ぶことは、あると思う。
なぜ、障がい者は生まれてくるのだろうか?言葉が話せない、目線も合わない、話も聞いているのか聞いていないのかわからない、そんな人間が私たちの目の前にあらわれるのだろうか?20年以上障がい児教育に携わっている先生にお話を伺った。
コメント
コメントの投稿(管理者の承認の後、反映されます)
管理者にだけ表示を許可する