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声に出したい、でも、出せないから、書いた。

思って。でも、声に出せなくて。それでも、伝えたくて、あふれてきた。
そんな言葉にこそ、我々は耳をかたむけるべきじゃなかろうか。

「10年いろいろ」は、高校2年生のときにくも膜下出血で
母が倒れて以来、ずっと介護をしてきた米窪麻友子さんの話。

先日内田さんから本書をプレゼントされて、読んだ。
米窪さんの心中、奥ゆかしく差し出された心境になって、
むさぼるように一気に読んだ。

あまりに感動して、内田さんから著者の米窪さんに
転送いただこうと書いたメールが、以下。

On Wed, 17 Jun 2009 01:22:13 +0900(雨の日です)
株式会社リリムジカ 管 偉辰 wrote:

柴田から私に番が回ってきました。
本日、頂戴した「10年いろいろ」を拝読。
帰りの電車、母に乗せてもらう車の中、食後カーペットの上で。
2時間弱。一気に読みました。

読後、お風呂に入って、1通メールを書いて、
今この感想を書いています。


覚えているのは、お母さんの顔写真。
不思議。先生をしているときよりも、
ご病気になられた後のほうがいい顔をされている。
ぜんぜんちがう状態になって、
むしろ前よりもみんなが本人を見るようになったからかな?

「歌の先生」としてみられるときの顔。
肩書きがなくなった、一人間として見られる顔。
後者のほうが、しこりしがらみがないからでしょうか。


もうひとつは、お母さんがご病気になられた瞬間。
米窪さんは悲しい気持ちになろうとしたが、うまくつながらなかった。

私もそうでした。大学3年の6月。私のおじいちゃんは亡くなりました。
当時私は学生ながらインターネットの会社に入って3ヶ月。
生活は多忙を極め、お葬式では久々に時間の長さを感じた。
日ごろの疲れからか、お経の最中に眠りこけてしまい、母に怒られた。
「悲しい」という感情がおきませんでした。
なぜ悲しくないのだろう?自分のこころを疑いました。
私は冷たい人間なのかな・・・?

祖父の存在とちゃんと向き合えるようになったのは、
つい最近です。リリムジカの仕事をして
お年寄りに会ってきて、そういえばおじいちゃんって?
父に聞き、四面楚歌の話。え~!そうだったの?
向き合うというか、存在をみとめる。
米窪さんも、自分のものだと実感できる涙をながすまでに
時間がかかった。似ているのかな、と思いました。


感想、取りとめもなくなりましたが、
米窪さんにもぜひお伝えしたく存じます。
先日いただいたメールの書面に
メールアドレスが載っていました。
 xxx@xxx.com(※ダミーのURLです)
こちらお送りしてもよろしいですか?

--

リリムジカ 管 偉辰

今この感想を読み返しても、読んだときの感動がよみがえる。

どうしてこんなに自分のことを素直に書けるのだろう?
どうしてこんなにおだやかな気持ちでいられるのだろう?

その過程が、この「10年」、か。
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