知的障害のある人とのマンツーマンの時間

1週間に2日くらい、自閉症など知的障害のある
子どもと1対1でお出かけをする仕事をしている。

そもそもどうしてこういう仕事が世の中にあるかと言うと、
障害のある子どもは放課後を過ごすところがないからだ。

学童に行こうにも常時見てくれる大人がいないと心配だし、
習い事に行かせようにも対応に長けたところが少ないからだ。

これはお母さんにとっては致命的な状況で、
ずっと子どもの面倒を見なければならない。

買い物、掃除。いろいろと家事をやらなければならないし、
自分の時間も持ちたい。そういったことが叶わないのだ。

実際、みんなではないが、私が玄関に行ってチャイムを押すと、
お疲れ気味のお母さんが出てくるときがある。

そういうとき、1時間でも2時間でも子どもを外に
連れ出して一緒に遊ぶと、お母さんはだいぶ楽になる。

このサービスを使い始めてから時間に余裕ができ、
久々にパーマをかけた人もいる。

で、本題であるが、障がい児と1対1での時間は
自分の人間性を問われる試練の時間だ。

どういうことかと言うと、言葉でのコミュニケーションが
難しいこどもは、言葉でのごまかしが効かないのだ。


一緒に街を歩いていて、子どもが急に自販機へ駆け寄る。
さっき飲んだばかりなのに、望みのジュースを指差し、私の顔を見る。

こんなとき、「OK」するか、「だめだよ」で先に進むか。

安易にOKを出すと「この人は何でも聞いてくれる人だ」と思われる。
逆に理由なくダメをしても、「さっきはよかったのに」と混乱させる。

自分の中に、YES/NOの基準を持っていなければならないということだ。

「体の成長を考えて、どんなときでも1日1本とする」
「『ジュースをください』ときちんと言えたら買う」
「とにかく楽しく過ごしてもらいたいから要求は全てOK」

どの判断基準が正しいということはないが、事前に決めておく必要がある。
場当たりのこたえを返すと、次にどうすればよいかを決められない。

仮説を立てずに実験をしたようなものだ。

予め自分の立場を決めておくということはどんな場合も重要で、
子どもたちとの時間はその技術を磨く場だ。
コメント

自閉症児について

素晴らしい!御苦労さま。さぞかしその子供さんのお母さんは自分の時間の有難さを噛みしめておられることと思います。

一つだけ感じたこと。
YES/NOの判断基準を持たねばならない。ご尤もな基準だと感心しました。ただ、一つだけ加えて見たらと思う基準。
「そのことにについて、君のお母さんだったらどう言うかなぁ?」と。

Re: 自閉症児について

支援の前後、お母さんとその日の様子について話し合う時間はとても楽しく有意義です。定期的に支援に行っているところでは子どもの成長、変化について話します。

たとえばある子どもは、最近立ち小便がくせになっていました。道を歩いているといきなりズボンを下ろして、シャー。それが、昨日は「トイレ、イキマス」とかたことながらサインを。約3ヶ月一緒に出かけてきて初めての経験で、「やったー!」お母さんに伝えると、「そう、それはよかったわ!」と。

お母さん自身の基準あるいは考えと私の基準が融合されて、子どもの成長の助けになれば、と思います。
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