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日本経済新聞 2009年11月21日(土) 朝刊

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音楽の力は大きい
プロの音楽療法士としてグループホームを訪問する柴田萌さん(24)。プログラムにはなじみのある季節の歌や、演奏しやすい打楽器を採り入れる。部屋にこもりがちだったお年寄りも音楽の力で輪の中に入るようになった。「今では結婚相手まで紹介されそう」と笑顔で話す。(29面より)

弊社柴田の写真が載った。

「稼げる介護 目指します」

最初、ドキッとした。「稼げる介護」。
私たちは「稼ぐ」ことを目指しているのではない、、そう思った。

しかし、改めて「稼ぐ」という言葉の意味を、考えることにした。

「稼ぐ」とは何か?

相手が望むことを真摯に汲み取って提供し、
その対価をいただくことではないだろうか。
  
すると「稼げる」ということは、自己満足や押し付けではなく
相手のための働きができるということだ。

もしかすると「稼ぐ」という言葉の意味は
そんなに悪いものではないのかもしれない・・・


老人ホームやデイサービスにはときどきボランティアが
やってきて楽しみを提供する。場を盛り上げて、フロアを
笑顔で満たしてくれるボランティアはとても貴重な存在だ。

しかし、必ずしもすべてのボランティアがおとしよりを満足させ
施設職員の助けになっているとは限らない。高尚すぎてわからない
音楽や演舞。お高くとまって場つなぎを職員に任せきりの人。

「大正琴だと思って招いたら、ひたすら自作の歌を聞かされたんだ」
あるデイサービスの職員さんが苦笑いで語った。

一方ボランティア側も、施設があるいはお年寄りが何を求めているか、
知りあぐねている。上手い施設ではボランティア担当や
ボランティアコーディネータの役職をつくり、ボランティアに指示をする。

しかし、その場のスケジュールしのぎで呼ばれたボランティアは
短い打ち合わせの時間でニーズをつかみ場をつくるしかない。

その場にどのようなバックグラウンドを持った人たちがいるのかもわからない。
それでは押し付けの内容になってしまうのも無理はない。

つまらない思いをするのは、施設の利用者だ。


ただ、施設もボランティアも悪くはない。仕組みに問題がある。

役割を与えられて施設を訪問する人は、その役割を、責任を全うする。
一方、施設はあるいは利用者は、お金でも学びでもいい。対価を出す。
明確な価値の交換が、適切な緊張感を生む。


安定して保険料が入るから稼げるのではない。
人件費が安いから稼げるではない。

相手の望みや願いを一生懸命汲み取り、それにこたえていく。
喜んでもらえて、お金だけでなく笑顔、学び、たくさんのものが返ってくる。

それが、「稼げる」ということの本当の意味だ。
「稼げる介護」は私たちの仕事と矛盾しない。
コメント

No title

ブログを読む限り、客観的な目線になれているつもりかも知れないが、
ともすれば、それこそが押し付けのサービス(ボランティア)になってしまうことがある。

介護や福祉の業界にも、続々と若者たちが介入してきている。
とても、ありがたいことだ。
しかも、みな、一様に頭がよい。
しかし、経験の少なさを知識で補えるものではない。

貴社は株式会社として安定した運営が成り立っているのか?
その答えは、資本金から想像するしかないが、
まだまだこれから、といったところだろう。
そういった君たちが「稼ぐこと」について記している。

これこそ、
> 「大正琴だと思って招いたら、ひたすら自作の歌を聞かされたんだ」
> あるデイサービスの職員さんが苦笑いで語った。
と同じことになっている。
しかし、そんな自分に気がついていないのだろう。

無礼なコメントで申し訳ないと思うが、
このブログを読んで、巣立っていく次の世代がいることを忘れないでほしい。

頭の良い人こそ、謙虚になってほしいと節に願う。

Re: No title

次の記事をアップして後、こちらのコメント拝読いたしました。

再び、ドキッと。

安定の経営という観点。お察しのとおりまだまだこれからです。

だからこそ、やがて来るであろう刻に備えて
自分の芯、思想について、準備をする次第です。

「稼ぐ」ようになってから思想や理念を準備するのでは遅い。
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