つくるというよりも、そこにある

馬場存(ばばあきら)先生
精神科医で、作曲家で、音楽療法士で、東邦音楽大学の先生でもある。

知人によって引き合わせていただきました。

その馬場先生が、3月13日にラジオ出演。
引き合わせてくださった知人が音声を貸してくださりました。


リクエストによるクラシックの後、
ご自身のCD曲と共に馬場先生の声が登場。

パーソナリティの方が作曲のスタンスについてたずねました。

「最近は、つくるというよりもふってくるというか、
 浮かんでくる。そんな感じです」

馬場さんがこたえていました。

借り物ではない、言葉、音楽。

馬場さんが自分自身を源にして
創作をしておられる証左と思いました。


みのまわりで、仕事場で、自分の生き方を軸にして自然体でいきる。
頭と体がちぐはぐにならない。とても大事なことです。

よく、ロジックとハートといいます。
どっちも大事ですよ、とか。自分の心に聞けばわかる、とか。

私の解釈は、ロジックでもハートでもない。

賛成なものは体の全細胞をあげて賛成だし、反対なものは反対。
その場にどう対応するかは、はじめからわかりきっていることです。

そこに、社会の目とか他者の目が入ってくると、おかしくなってくる。
どうしたらよいのかがわからなくなってくる。


テレビのニュースでやっていました。

震災のあと、子どもたちが妙に明るく振舞ったり
幼児がえりすることがある。

心のバランスがおかしくなっている。
でも、大人を心配させじとして、のことなのでしょう。

それが続いて、PTSDになるのだそうです。

そんなとき大人はどうすればよいか。

ただ話をきくこと、そばにいることが大事。
テレビに出ていた先生が言っていました。


では、大人が、体と心がちぐはぐしたときどうすればよいか。

“そのままでいいんだ”
そう感じられるモノにふれることではないかと思います。

しょうがなくて、仕事で、つくられたもの。
たとえばスキャンダル、リスク回避のための長々とした書類。

ではなくて、自然。

在るべくして在るもの。

こういうのが本当に効くのだと思います。


馬場さんのCDを聴いて、何年も眠れなかった方が、ぐっすり眠った。
こういうことがあったそうです。

そこにあるものが、出てきただけ。
馬場さんの自然体がたすけになったのでしょう。
コメント
コメントの投稿(管理者の承認の後、反映されます)
管理者にだけ表示を許可する