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サービスとしての音楽療法。研究としての音楽療法。

サービスとしての音楽療法。
研究としての音楽療法。

自然体で両方実践できるようにと思っています。


まず、サービスとしての音楽療法。

お客さんは、ドリルがほしいのか。
あるいは直径1センチの穴がほしいのか。

私が音楽療法を提案するときにいつも考えることです。

この施設では、ご入居者の日中活動の手段を増やしたいのか、
あるいは、職員の離職を防ぎたいのか、
はたまた、ブランド力を高めたいのか。

相手の事情、気配を察すること。
ここがないと、そもそも仕事が始まりません。

「音楽療法やらせてください!」
「ボランティアでどうぞ」

、、、よくあるパターンです。


次に、研究としての音楽療法。
私の使う「研究」は、意味が広いです。

統計をとって客観的なデータを集めることに限りません。
何が起こるかわからないことを試すこと。

これが、研究。

先日、リリムジカのセラピストと一緒に、
プログラム無しで高齢者のセッションにいきました。

全部その場の気配でやろう。曲もその場で決めよう。

果たして、普段参加されない方が、
最後まで心地良くしていた。

隣に掛けた職員と一緒に歌を口ずさんでいた。

いつも同じサービスを同じように提供しては、発見がない。

今まで聞かなかった人に話をきくこと、
やったことのないやり方を試してみること。

やってみて、よかったら、、
もっとやろう。

これが私の“研究”です。
自分がエビデンスになる、という考え方です。
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