「被災地での音楽療法実践報告」を読んで

知人から日本音楽療法学会のHPに掲載されている「被災地での音楽療法実践報告」を教えてもらいました。

被災地での音楽療法実践報告(PDF)

2日めの内容。

特にすばらしかったです。

私のコメントを添えつつ、
みなさんにもご紹介をと思います。

2日めのところについて、引用しながら感想を述べます。

 宿泊したホテルから徒歩で移動可能な場所にある小学校で、二回目の音楽療法を行いました。前述した地元の音楽療法士も同行。午前 10 時開始とうかがっていたのですが、いざ現地に到着してみると事務局(地区の役所職員)から「実施の許可が出ているか確認するまでは待って」と言われて中に入れず、少々時間をロスしました。やっと事情を知っている保健師さんに取り次いでもらい、体育館の中に入ってみたのですが、前日の避難所とは全く異なった雰囲気で、むしろ子供や若者、30 代 40 代の方の姿が多く目にうつりました。

 前方にある檀上の手前に案内され、長テーブルにキーボードを配置していると、それまで大型テレビでアニメを見ていた小学生数名がこちらに寄ってきて「何するの」と聞いてきました。これから音楽を使って活動するよ、と言うと「私、そういうの嫌いだからやめてほしい」と一人の女児が言いました。仕事だから、と説明しようとすると、有無を言わさずにキーボードの電源を抜いて「うるさいからだめ!」と叫びました。同行した二人が何とか子供たちの気持ちをやわらげるような応対をしていましたが、女児はその後ふっとどこかへ行ってしまいました。
他の女児二人もつかつか寄ってきて、今度は備品のアートバルーンに興味を示したので、プードルやねずみを作ってあげたら「ちょうだい」と言って、風船をもったまま外へ出ていってしまいました。

何が相手のニーズなのか、本当のところはよくわからない。
私の場合は、先に決めて仕舞います。

あたったら喜んでもらえる。
外れても方法をかえればよいことがわかる。

箸にも棒にもかからなければ、また後日。

保健師さんが場内アナウンスで「これから音楽療法が始まります」と告げてくれましたが、15 分遅れの音楽療法を開始したあとも、誰一人近くによってきません。皆、パーテーションで仕切られた自分のスペースから離れようとせず、用意した椅子はガラ空きです。そこへ、前回まで担当していた地元で音楽療法を実施してきた方がやってきて、ひと組の親子(80 代の女性と 50 代の女性)を連
れてきてくれました。その後、一人、二人と集まってきましたが、数曲聞くとすぐにまた居場所へと戻っていきます。約束していた体操やアトラクションをする雰囲気にはならずに、ずっと私一人が歌を歌い続けて時間が過ぎていきました。私自身も不安があったせいか、強迫的に次々歌い続けたため、かなりの数になってしまいました。

相手がみえない中で、がむしゃらをする不安。
それでも、誰かが見ている。

約束の一時間が経過し、終了を告げて数名の参加者に挨拶をし、会場を去ろうとした時、パーテーションの向こうから沢山の拍手が聞こえてきました。何人かの方が居場所から駆け寄ってきて「ずっと聴いていた、とても良かった」とか「いつも膏薬を貼る時に苦しい思いをするけど、今日は歌いながらだったから楽に出来た」と感想を言ってくださいました。時間中は会場内にいる皆さんの表情が全くわからず、とても心細かったのですが、これらの言葉と拍手で不安な気持ちがいっきに氷解しました。振り返ってみると、私自身にもかつてない程の緊張感があったのだと思います

音楽療法。自分全部で場と対峙する。瞬間瞬間全力。ゴッホはニーズを考えて
芸術をしただろうか?
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