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リリムジカを頑張ろうと思った最初の理由

こんばんは、管 偉辰です。
時刻は12時をまわり、8月も最終日になりました。

社長になって今日で2ヶ月です。

この2ヶ月は、新しいセッション現場の立ち上げ支援と
セッション後に行う「振り返り」のやり方改善に取り組んできました。

それぞれその場その場で必要があり、行ってきたことです。


一方、これからのリリムジカの成長を考えるにあたり、
中長期的な計画を策定する必要性も感じるようになりました。

そもそもリリムジカとはどうやってうまれた会社か?
どんな社会を目指しているのか?
得意分野は何か?これから何に力を注ぐのか?

これらの問いにこたえながら、
今後のことを考えていこうと思います。


はじめに「リリムジカはどうやってうまれたか?」について。

リリムジカはものすごく端的に言えば、柴田と管が
お金を出し合って2008年4月につくった会社です。

その起源は前年の2007年、夏にさかのぼります。

当時私は一橋大学商学部の4年生。

IT企業で修行をしていたため就職活動をしておらず、
これからどうしようと考えていました。

そんなとき、友人に誘われた勉強会に
参加していたのが柴田です。

柴田は当時昭和音楽大学音楽療法コースの4年生でした。

「音楽療法の会社をつくりたいんです!」
「会社をつくるにはどうしたらいいですか?」

勉強会の講師だった杉浦元さん食らいつく姿が印象的でした。

すごい熱意だな、、。


興味をもって聞いてみました。

「どうして音楽療法の会社をつくりたいの?」

「音楽療法を学ぶ学生はみんな頑張っている。
 私も4年間で授業や実習で200単位以上は取りそうだ。
 でも、いざ仕事となるとみんな音楽療法士以外の道に進む。
 先生に相談しても『音楽療法士は食べていけないからやめておきなさい』という。
 音楽療法には価値がある。と私は思う。
 音楽療法を仕事にすることに取り組む人がいないなら、自分がそれをやろうと思った。」

何かができないと、それを環境のせいにして諦めることが多い世の中です。
その中で柴田さんの姿勢は前向きでいいな、と思いました。

自分は音楽療法のことは何も知らない。
でも、だからこそ役に立つかもしれない。

柴田さんのために頑張ってみよう。
そう思ったのがリリムジカと私の始まりです。


リリムジカを始めてみて、それが私自身の使命感と重なるのは、
実はこのときから更に1年半先、2009年4月のことです。

明日は私が「音楽療法を介護福祉文化の発展に役立てたい」
という考えを持つまでの軌跡を振り返ろうと思います。


(追伸)

そういえば、当時はリリムジカという名前も決まっていませんでした。

ミュージックセラピーだから「ミュッピィ」にしよう、
という素晴らしすぎるアイデアも出ました。

素晴らしすぎたのでボツになりました。
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