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梅田。休職。

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2011年から一緒にがんばってきたファシリテーター梅田果歩が、いよいよ明日で長期のお休みに入ります。夢に向かっての勉強のため、海外に発ちます。

梅田と初めて会ったとき、彼女はまだ10代。音楽療法を学ぶ学生でした。インターネットでリリムジカを見つけてくれて、「ここは大人気に違いない!」と思って飛び込んでくれました。予想に反して当時のリリムジカが閑古鳥だったのは、今となっては笑い話です。

梅田は行動派。早く実践を積みたいと考え、学校と交渉してリリムジカの現場補佐を実習のポイントにしました。そして、2011年の4月に現場独り立ちをしました。最初の担当現場は個人宅の訪問プログラムでした。万年成長期のリリムジカですが、当時は今よりもっとぐちゃぐちゃ。ファシリテーター(当時はパートナーセラピストと呼んでいました)は4人。営業方法ももろもろの制度も成り立っていなくて、梅田には苦労と心配をかけたと思います。しかし、彼女は一度も「こんなはずじゃなかった!」と言いませんでした。人格のすばらしさだと思います。

梅田はよく泣きます。初めて彼女が泣いたのを見たのは、2011年の秋。梅田はあるホームのグループプログラムを担当する予定でした。彼女にとっては初めてのグループプログラム。柴田から入念な引継を行い、いよいよ担当となるタイミングで、なんと施設さんに不祥事が発生。プログラムを継続提供できなくなりました。継続不可が決定的になった打ち合わせのあと、ホームの近くで、柴田、梅田、私の三人で失意のお昼ご飯を食べました。この日から、嬉しいとき、悔しいとき、何度も梅田の涙を見てきました。

なかなか担当する現場が増えなくても、がんばって始めた現場が解約になってしまっても、梅田はめげずに仕事に集中しました。2012年の春には、事情があって4人いたファシリテーターのうち2名が退職しました。梅田も心配し、悩んだと思います。ですが、信じてついてきてくれました。梅田さんがあのとき踏みとどまってくれなかったら、今のリリムジカはありません。

リリムジカの成長に伴い、梅田は現場での信頼感、安定感を高めていきました。仕事を始めた当時は、愚痴をこぼすこともありました。「せっかく○○さんに曲を準備したのに、またいらっしゃらなかった。こういうこと多いんですよね」。しかし、仕事を重ねるうち、いつの間にか愚痴は出なくなりました。一途に仕事に向かうプロになっていました。

梅田は格好いいです。そう思ったのは、ある現場でのエピソードを聞いたときです。その日、彼女が現場に向かうとすでにご参加者が集まっていました。「今日はみなさん早く集まっておられる」そう思ってご参加者の前に出ると、なんと全員眠っておられた。楽しみして集まってくださっているのかと思いきや、そのような状況ではなかったのです。梅田は急きょプログラムを変更、集まったみなさんが少しずつ目を覚ませるようにプログラムを進め、最終的には全員で歌える状況をつくりました。私が梅田を格好いいと思うのは、彼女がこの話をこともなげにするからです。「これが私の仕事です。」あくまで淡々としています。

慰問に訪れた音楽家や、療法に固執した人だったら、もしかしたらがっかりしたり、怒ったりしたかもしれません。しかし、あくまで It's my job. 梅田からこの話を聞いて以来、私はミュージックファシリテーターの仕事を紹介するときに、この梅田の姿勢を話しています。上から目線で音楽を提供するのではない。自然体で、どのような状態にある人も共に楽しめる空間をつくる。

海外に渡航してからも、梅田には人材育成の面でリリムジカを盛り上げてもらう予定です。ですが、梅田が現場で担当するプログラムはひとまず明日で終わりです。3年半にわたってリリムジカの成長を支えてくれた梅田に、心から感謝しています。梅田さん、今までありがとう!
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