「日本にいながら外国にいる気分」失語症の人が社会復帰を果たすには

言葉が不明瞭になった人を初めて見たのは、高校の部活のOB会。

30年くらい上の先輩。
在学中、よく面倒をみてくださった。

先輩は大学が応援部。
OB会の締めでいつもエールを切ってくださった。
シャンとして、恰好よかった。

高校を出て、ある年のOB会。
先輩は障がい者になっていた。
片麻痺で、歩くのも大変そうだった。

誰かが言った。
「○○先輩は倒れて大変な目にあった。でも、今日、がんばって来てくださった。」

まわりはどう接したらいいかわからなそうだった。
私もわからなかった。

誰かが言った。「先輩、またエールを切ってください。」

よろめきながら立つ先輩。
若手OBがよこで支えた。
「フレー、フレー」が「うえー、うえー」になっている。

やりきって、拍手が起きた。

盛大な拍手ではなかった。
目の前で起きていることをどう受け止めたらよいか。
パチ、パチ。拍手が迷っていた。


日本には現在、失語症の方が50万人いると言われています。
しかし、失語症になって社会復帰をする人はまだまだ多くありません。

調査によると、失語症軽度の方でも60%が「友人との付き合いが少なくなった」、
同じく70%がうまく話せないことで孤独を感じる」と回答しています。
「ある日突然に-失語症との闘い-

そんな中、東京都杉並区で失語症の方の社会復帰に取り組む
言語生活サポートセンターをお訪ねしました。

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言語生活サポートセンターは園田さん親子が運営している事業所です。

母の園田尚美さんが代表取締役、息子の奨(すすむ)さんが事務局長をつとめています。
尚美さんのご主人も脳塞栓によって失語症になった一人です。

失語症と戦う(1)ある日、言葉を失ったら・・・(YOUTUBE)
失語症と戦う(2)「会話パートナー」がもたらすもの(YOUTUBE)

社会事業の大先輩のお話、示唆に富むものでした。
ポイントを列挙します。

失語症とはなんですか?
・言語中枢が損傷すると失語症になる
・損傷の原因は脳卒中、脳腫瘍、事故等による外傷。
・失語症は画像でほぼ診断できる。まれに画像でわからないケースもある。

たとえばどのような症状があるのでしょうか?
・買い物するときにリストをほぼ書ける人がいる。
・しかし、レタスが「レスタ」と書かれている。これはまだ復元できる。
・だが、あるとき「ハ」と書かれていた。買い物に出かけて何のことかわからなくなった。
・これは、酢のことだった。
・この症状を錯書(さくしょ)と言う。

失語症の症状
失語症の話しことばの障害は、軽度から重度まで様々です。失語症でも時々物の名前が思い浮かばない程度の、比較的軽い人から、「はい」「いいえ」の返事もできない重度の人までいます。失語症のタイプもいろいろあります。話しことばでは、時計を見て“時間を見る物”であることはわかっているのに「トケイ」という名前が言えなかったりします。リンゴを「ミカン」と別の名前に間違っていってしまうこともあります。テレビのことを「タデビ」のように発音を言い間違えてしまう人もいます。健康な人でも、昔の友達に会って、名前を思い出せなかったり、間違えていってしまった経験があるでしょう。失語症になるとこのようなことが、毎日の生活の中でたびたび起こります。話しことばだけではありません。程度の差こそあれ、ほとんどの失語症者は、理解することの障害も併せ持っています。相手に長い文や早口で話しかけられて理解できなかったり、突然別な話題を話しかけられてついていけなかったりします。また、文字も話しことば同様に障害される方がたくさんいます。一般的にカナよりも漢字の方がわかりやすいようです。(日本失語症協議会


当事者や家族の心理はどういう傾向にありますか?
・実は、退院直後の1年はものすごく回復する。
・しかし当事者や家族、元職場は元気だったころを見てしまう。焦ってしまう。無理もないが。
・できたことも見てほしい

社会復帰できるケースと難しいケースの違いは何ですか?
・退院から継ぎ目なく支援に入れた方が復帰しやすい
・たとえば退院後4年間自宅にこもって暮らした方。もともとの性格ももちろんあるが、社会性がなくなってしまう

就労するためには何が必要でしょうか?
・行ける企業に出会えるかどうか。就労には企業の理解も大事。
・現状で失語症の人が職種を選べる状態にはまだなっていない。
・元SEの人がSEを希望しても、入力デバイスがこれから。プログラミング言語にも課題。
・今のところ、総務の職種は入りやりやすい。

退院してから就労に至るためにはどのようなステップが必要ですか?
・まず、月曜日~金曜日まで自分でどこかに行って何かをすること。
・スケジュールを組むのが最初のステップ
・週に3回就労支援、週に2回デイサービスでも良い
・でかける習慣ができて初めて面接で「では、何ができますか?」という話になる。
・そうするために、60歳以下の人はケアマネが退院直後から訓練施設や病院などのスケジュールを組んでくれる

サポートセンターの目的は何ですか?
・言語生活サポートセンターではご利用者に対して「センターを卒業してほしい」と考えている
・実際、失語症が恥ずかしいと感じていたが「そうではなくなる」という目標を立て
人前に出られるようになって卒業した方が3名、「働きたい」という目標を立て就労して卒業した方が1人いる。

どうしてセンターが必要になったのでしょうか(要精査)
・2000年までは、病院が良ければ退院後いくらでもリハビリに通うことができた
・しかし、最大180日がリハビリ期限になった。180日以降は点数が下がる(病院は患者単価が下がるので受けたがらない)
・退院後のリハビリを求める人のためにセンターが必要になった。

センターの役割は何ですか?
・失語症の人は「自分の言いたいことが伝えられない」という状況にある
・家族や察しの良いSTには伝えられても、それ以外の人に伝えられないストレス
・それが、家族やST以外の人に「伝わった!」という経験

・病院の地域相談室から退院直後にセンターに見学に来る人もいる
・そういった人は、自分以外にも話せない人がいることを知る経験になる
・「ここだと間違ってもいいんだ」という安心

・支援者や仲間が「できるようになったことを」見てくれる
・週1回、3時間で行ったことをほかに活かす。
・週に1回会うことで、互いの活動を報告し合う場にもなっている
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どうやって失語症の方が利用に結びつくのでしょうか?
・開設時、地域の病院をひととおりまわった
・病院からの紹介がメイン
・今では病院から患者に「行ってください」と伝えてもらえる。

ご利用者はどこから集まっていますか?
・北は大泉(練馬区)、西は国分寺、東は広尾、南は東松原(世田谷区)から
・送迎はセンターで行っておらず、外に頼んでいる。自分でバスに乗って通所する人もいる。

ご利用者の年齢はどれくらいですか?
・平均年齢は60歳

ご利用者の主な目標は何ですか?
40歳~60歳:復職・就労(家業の後を継がなければならない人も)
60歳~:社会に出られるように(例:ゆうゆう館で将棋をする、また1000人の第九に出る)
80歳~:今の状態の維持

ご利用者はどんな方が多いですか?
・デザイナー、音楽家、自営業、社長の人が登録者に多い
・外に出ようとする姿勢が強いのでは。
・病気になると、なる前の性格が強くでるように感じる。
・サラリーマンだった人は「元のようにしたい」と言いがちな印象。
・しかしこれは、いきなりエベレストに登ろうとするようなこと。
・まずは高尾山から登りませんかと提案する。

午前・午後1日2コマありますよね。コマによって傾向はありますか?
・午前は年配の方が多い。午後は若めの方多い。
・病状ではわけていないが、似た傾向の方が集まる。

センターの利用は全額自己負担ですか?
・いいえ、介護保険の通所介護の枠組みを利用してもらいます(1割負担)
・開設時、どの制度を使うか検討しました。医療か障害か介護か。
・医療は医師の診断書が必要
・障害は車いす前提のための相当の広さが必要
・また、精神病の方が暴れるという前提なので手厚い人員配置が必要
・通所介護の要件が、報酬は低いけど一番やりやすかった。

このようなセンターが増えるにはどうしたらいいですか?
・もう少し利益が出るようになること
・現在の利益率は2%。稼動率は85%。登録62名。
・効果が大事なのでスタッフは全員ST。しっかりとした給料を出そうとしている。
・2015年の改正前は稼動率100%だったら利益率6%くらいになったと思う。

音楽が失語症の方にとって役立つ可能性はありますか?
・今でも口を開いていただく第一歩として歌をうたっている
・年齢を問わず、重度の人には歌が大事という印象
・失語症の方にとって、呼吸の安定も大事。
・鼻呼吸はできるが口で吸えない方がいる。たとえばストローで吸えない。
・呼吸30分、歌15分、その後感想をのべあうようなプログラムはどうだろうか。


人口減少社会において、より多くの方が働いて社会に出られるようになることはとても重要です。
園田さんたちのように、着実な取り組みを行う事業者が増えていけば、と願います。

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