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母乳を飲ませることを“常識”として奨励するから

母乳が出ないお母さんが傷つくんだ。


9月15日(祝)にあったミュージックケア協会のセミナーで
小西行郎さんという小児科の先生が仰っていました。


これは一理あるな、と。


母乳を飲ませることが健全な幼児の発育に
つながるという科学的根拠は、実は無いそうです。

しかし、誰かが「赤ちゃんには母乳を飲ませるものだ」
と言い出して、それが広がった。

そして、母乳が出ないお母さんは「母親失格」の
気分に陥り、自信喪失しまったのだとか。



では、悪いのは「母乳を飲ませよう」とすることなのでしょうか?



いいえ、そうではありません。

ここで気をつけたいのは、小西先生は、決して母乳を飲ませること
そのものを否定したわけではないということです。

おそらく、母乳とミルクそれぞれに特長があって、本当なら
その場その場にあわせて赤ちゃんに飲ませるのが良い。



問題は、母乳を飲ませるべきという「標準」ないしは「常識」が
押し付けらることによって傷つく人が、いるということ。


確かに「標準」があるから世の中は進歩します。

「標準」語があるからみんながコミュニケーションを取れるし、
「標準」規格があるからビデオやDVDを気軽に楽しめる。

しかし、標準が人を排除することも、またありえる。

自分たちのアイデンティティたる母語を強制的に捨てさせられたり、
素晴らしい可能性を秘めた発明が規格外として見過ごされたり。



ここで、私たちはどうあるべきか?


それは「自分が受け入れるべき標準と、受け入れる必要の無い
標準をきちんとわけること」だと考えます。


最初の母乳の話で言えば、母乳が出るお母さんは、
母乳を飲ませれば良い。

しかし、もし出なかったら、無理して飲ませることもない。
ミルクだって、赤ちゃんは十分育つから。


まわりの「標準」を活用できるときは活用し、
もし、合わないと思ったら気にしない。

そういうしなやかさを持てるといいな、と思ったりしています。
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