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どうしてミュージックファシリテーションなのか④

どうしてミュージックファシリテーションなのか①
どうしてミュージックファシリテーションなのか②
どうしてミュージックファシリテーションなのか③

2012年に「ミュージックファシリテーション」として再出発。
経営指標は、プログラム実施事業所とファシリテーターの数。
プログラムの成否は「また参加したくなるかどうか」ではかる。

すっきりさせたことによって、
大小波はあるけれど、着々と事業は拡大した。

特に2015年の1年間は、実施事業所が
60事業所から100事業所に一気に増えた。

それまでの7年間で60事業所だったのに
1年間で40事業所増えたのだ。

結果、私は悩みこんでしまった。

今のまま「楽しいプログラム」を繰り返すことが、
ほんとうにお年寄りの、その家族の、介護の現場で働く人の
しあわせにつながるのか。

神奈川担当清水みなみの言葉がわすれられない。

 あるとき、わすれものを取りに、夕方ホームさんに寄ったんです。
 みなさん、食事を召し上がっていました。
 でも、シーンとしていたんです。
 音楽のときはあんなに賑やかなのに。
 
「(プログラムのない)のこりの28日問題」が姿をあらわした。

ほんとうは、2012年のころから気づいていた。
いくら音楽のときに楽しくても、それ以外の時間
しあわせじゃなかったら意味がないのではないか。

だからこそ、SVP東京に応募したとき、私たちは、
「プログラムに居合わせた家族や介護職員が、そこでの気づきから
施設利用者・入居者の日常を変えうる」と訴えた。

私は、検証を怠った。

どうしてミュージックファシリテーションなのか⑤

どうしてミュージックファシリテーションなのか③

どうしてミュージックファシリテーションなのか①
どうしてミュージックファシリテーションなのか②

背水の陣を敷くと結果が出てしまう傾向が、わたしの人生にはある。

高校時代、模試の結果は万全ではなかった。
けれども、受けたただ1校の大学に、受かった。

落ちたら世界放浪の旅に出ようと思っていた。

このときもそうだった。

2012年SVP東京・投資協働先募集。
採択されなかったら、リリムジカをやめようと思っていた。

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。

採択されてしまった。

「あなたのしていることには、価値がある」
はげましと、ともに。


退くわけにはいかなくなってしまった。
前がどちらかわからなかったけれども。

柴田や梅田がやっていることが評価され、
金銭的対価を得られるようになっている。

ならば、これを拡大すれば
価値の総量は増えるのではないか。

プログラムの実施事業所の数と
ミュージックファシリテーターの数に
目標を設定し、動いた。

2012年に2人だったファシリテーターは、
2013年に5人、2014年に9人、2015年に15人、
2016年には21人になった。

世間一般の「会社」から考えると小規模だけれども、
類似業種の中では日本有数の規模になってきたのではないかと思う。

日々一緒に取り組んでくださっている介護事業者の皆様、
ファシリテーターのみなさんのおかげだ。

また、2013年秋ごろから、わたしはプログラムの成否を
「また参加したくなるかどうか」ではかりはじめた。

お年寄りにとっては「また参加したくなる場」は生きる糧になる。
介護事業所にとっては「リピート率の高いコンテンツ」は集客に役立つ。
繰り返し利用してもらえるプログラムはファシリテーターの報酬の安定につながる。

win-win-winな位置づけだ。

2012年から着々とファシリテーター数、実施事業所数を伸ばすことができたのは
「また参加したくなるかどうか」を重視したことも大きいと思う。

どうしてミュージックファシリテーションなのか④

どうしてミュージックファシリテーションなのか②

どうしてミュージックファシリテーションなのか①

「ミュージックファシリテーション」が降ってきて、
私は「これだ!」と思った。


飛びついた。

このときの心理について振り返っておきたい。


2012年の春、わたしは悩んでいた。
リリムジカに携わり続けるか、やめるか。

前年の夏、わたしは柴田と交代してリリムジカの社長になった。
自分が社長になったからには、ガンガン事業を伸ばすぞ。

鼻息荒かった。

しかし、結果は。
2名の音楽療法士が退職した。

柴田を含め4名のうちの2名だ。
2名分の穴を柴田と梅田でふさいで、気づいたときには2012年の春が来た。

給料は2008年の起業時と同じ月5万円。
(未払いじゃないだけまし)

いつまでこんなことを続けるのだろう。


柴田や梅田は現場で働いている。
私は何を目指し、何をすればよいのだろう。

音楽療法はすばらしいと聞いて
会社を立ち上げたのに、話が違うじゃないか。


うまくいかないのは「音楽療法」のせいではなかろうか。

ある音楽療法NPOの理事長の言葉も頭をよぎった。
「管さん、音楽療法の療法なんて誰も求めていないんですよ。」

ミュージックファシリテーションが、
当時頭の中にあったほかのどの言葉よりもしっくりきたのは事実。
今もそう思っているのは事実。

けれど、音楽療法から逃避する心理がまったくなかったかといえばうそになる。

だから、音楽療法関係者の一部は批判を飛ばしてきたし、
僕には自己弁護が必要だった。

今読み返しても気持ちがざわざわするトゥギャッターのまとめ

変なことは言っていないと思うけど、ざわざわする。

どうしてミュージックファシリテーションなのか③
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