どうしてミュージックファシリテーションなのか⑤

どうしてミュージックファシリテーションなのか①
どうしてミュージックファシリテーションなのか②
どうしてミュージックファシリテーションなのか③
どうしてミュージックファシリテーションなのか④

いくらプログラムがたのしくても、待ち遠しくても、
プログラムのない日が幸せでなかったら、
私は、役割をはたしたと言えるのだろうか。

2015年に事業が一気に拡大してから、自問が止まらなかった。
本当に、お年寄りが暮らす環境を変えるにはどうしたらよいのだろう。


川北さんの講座()に参加して「先人から学ぶ」必要があることを悟った。

私は卒業論文をすっぽかして卒業した。

うしろめたさの裏返しで学者や研究者を毛嫌いしていた。
しかし、学ばざるを得ないと思った。


鈴木真さんがフェイスブックメッセージで
論文の読み方を教えてくださり、
「音楽療法」や「認知症」の論文をよみあさった。

ハポン新宿のオープンスペースにドサッと紙を広げ、
小林香織さんとながめたのは良い思い出だ。


老施協の天野さんの紹介で、東京都健康長寿医療センターの伊東美緒先生に出会った。
初めてお会いするとき、ものすごくドキドキした。

「研究者」の方と真剣にお会いするのが初めてだったからだ。
どんなことを考えているのだろう。

「息子さんたちにどうぞ」と渡したドーナツを喜んでくださって、嬉しかった。
直前に思い立ち、寄り道して買ってよかった。


先人の研究をみたり、
「本当にかわるためにはどうしたらよいのか」を考えるうち、
リリムジカの個人記録の書式もかわった。

Before & After が、目標に達成されたかどうかが、
わかるものになっていた。

(私がいまこれを使いこなせているかは別である)

そして、この「成果」を示さんとするあり方は、
とても「音楽療法的」であった。

「ちがう」と思って離脱した音楽療法の世界に戻ってきたのだ。


私たちはミュージックファシリテーションです。
私たちはミュージックファシリテーションです。

繰り返し説いてきた。
その手前、みなの前で「やっぱり音楽療法です」とは言えなかった。

けど、柴田と電話で話すとき、何度か口に出た。
「これって、音楽療法だよね」

どうしてミュージックファシリテーターなのか⑥

どうしてミュージックファシリテーションなのか④

どうしてミュージックファシリテーションなのか①
どうしてミュージックファシリテーションなのか②
どうしてミュージックファシリテーションなのか③

2012年に「ミュージックファシリテーション」として再出発。
経営指標は、プログラム実施事業所とファシリテーターの数。
プログラムの成否は「また参加したくなるかどうか」ではかる。

すっきりさせたことによって、
大小波はあるけれど、着々と事業は拡大した。

特に2015年の1年間は、実施事業所が
60事業所から100事業所に一気に増えた。

それまでの7年間で60事業所だったのに
1年間で40事業所増えたのだ。

結果、私は悩みこんでしまった。

今のまま「楽しいプログラム」を繰り返すことが、
ほんとうにお年寄りの、その家族の、介護の現場で働く人の
しあわせにつながるのか。

神奈川担当清水みなみの言葉がわすれられない。

 あるとき、わすれものを取りに、夕方ホームさんに寄ったんです。
 みなさん、食事を召し上がっていました。
 でも、シーンとしていたんです。
 音楽のときはあんなに賑やかなのに。
 
「(プログラムのない)のこりの28日問題」が姿をあらわした。

ほんとうは、2012年のころから気づいていた。
いくら音楽のときに楽しくても、それ以外の時間
しあわせじゃなかったら意味がないのではないか。

だからこそ、SVP東京に応募したとき、私たちは、
「プログラムに居合わせた家族や介護職員が、そこでの気づきから
施設利用者・入居者の日常を変えうる」と訴えた。

私は、検証を怠った。

どうしてミュージックファシリテーションなのか⑤

どうしてミュージックファシリテーションなのか③

どうしてミュージックファシリテーションなのか①
どうしてミュージックファシリテーションなのか②

背水の陣を敷くと結果が出てしまう傾向が、わたしの人生にはある。

高校時代、模試の結果は万全ではなかった。
けれども、受けたただ1校の大学に、受かった。

落ちたら世界放浪の旅に出ようと思っていた。

このときもそうだった。

2012年SVP東京・投資協働先募集。
採択されなかったら、リリムジカをやめようと思っていた。

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。

採択されてしまった。

「あなたのしていることには、価値がある」
はげましと、ともに。


退くわけにはいかなくなってしまった。
前がどちらかわからなかったけれども。

柴田や梅田がやっていることが評価され、
金銭的対価を得られるようになっている。

ならば、これを拡大すれば
価値の総量は増えるのではないか。

プログラムの実施事業所の数と
ミュージックファシリテーターの数に
目標を設定し、動いた。

2012年に2人だったファシリテーターは、
2013年に5人、2014年に9人、2015年に15人、
2016年には21人になった。

世間一般の「会社」から考えると小規模だけれども、
類似業種の中では日本有数の規模になってきたのではないかと思う。

日々一緒に取り組んでくださっている介護事業者の皆様、
ファシリテーターのみなさんのおかげだ。

また、2013年秋ごろから、わたしはプログラムの成否を
「また参加したくなるかどうか」ではかりはじめた。

お年寄りにとっては「また参加したくなる場」は生きる糧になる。
介護事業所にとっては「リピート率の高いコンテンツ」は集客に役立つ。
繰り返し利用してもらえるプログラムはファシリテーターの報酬の安定につながる。

win-win-winな位置づけだ。

2012年から着々とファシリテーター数、実施事業所数を伸ばすことができたのは
「また参加したくなるかどうか」を重視したことも大きいと思う。

どうしてミュージックファシリテーションなのか④